【0111】「により」と「に基づき」の大きな違い

1.「に基づき」は「により」よりも弱い

国税通則法98条3項は、国税不服審判所長による裁決は、担当審判官及び参加審判官からなる合議体の議決に基づいて行うことを要求しています。
「審判所長は、担当審判官(合議体)の方針のとおりに決裁しているのか?審判所長の関与は形式的なものなのか?」という疑問を持たれそうですが、この「基づき」の意味合いが意外と曲者です。
この「基づく」の他の類似した言葉との違いは必ずしも明瞭ではないところ、立法用語としての「基づく」とは、「経て」よりも拘束力が強く「により」よりも弱いとされていて、いずれにしても、語義上はかなり強い拘束力をもった文言です。
国税不服審判所としては、現実の運用において「(合議体による)議決書」と「(審判所長による)裁決書」の同一化を実施するとともに、合議の独立の根拠を見出しながら、裁決権者(審判所長)は合議体による議決に容喙(ようかい)干渉しこれを修正することのないよう細心の注意が払われています。

2.「議決に基づき裁決」は「議決のとおりに裁決すること」ではない

「議決に基づく裁決」制度の根拠はどこにあるのでしょうか。

裁決権者(審判所長)において合議体による議決を自動的に承認しなければならないという運用であれば、議決機関(例えば担当審判官)の名において裁決をすればよいのであって、これとは別に裁決機関を設けた理由はなくなります
国税不服審判所の前身である「協議団」の時代においては、国税局内部の機関である協議団の国税局長からの独立性を確保するため、裁決を協議団の議決に拘束させる必要が特にあったと思われますが、国税不服審判所の創設により、裁決権が国税庁長官から審判所長に移譲された現在においては、その理由は必ずしも明らかではありません。
これは、裁判所と国税不服審判所の立ち位置の違いによるものであろうと考えられます。

裁判にあっては個々の裁判官が直接国民に対して責任を負うものである(判決書は裁判官の名で発せられる)のに対し、行政にあっては個々の公務員は直接国民に対して責任を負わず(裁決書は国税不服審判所本部所長の名で発せられる)、常に行政機関の長を通じて国会に対して責任を負うという体制になっています。
この意味において「議決に基づく裁決」は、審判所長が議決をそのまま承認すべきことを命ずるものではなく、裁決権者として議決機関とは異なる固有の責任と権限を有する旨をも定めたものといわなければならないでしょう。
このように考えると、この「基づく」というのは含蓄に富む文言であり、このなかに、合議の独立と裁決権者の職責、言いかえれば、司法原理と行政原理との調和が期待されていると考えられます。

その調和点をどこに求めるかが問題ですが、
❶裁決権者の補助機関として法規・審査部門を設置し、これに「議決内容の検討及び裁決書案が議決内容に沿ったものであるかどうかの点検をさせるほか、文書審査を併せて行わせる。
合議体による調査・審理が不尽の場合で、その事件を担当した合議体にさらに調査・審理を行わせることを相当と認める事件については、その合議体に差し戻す
国税不服審判所本部の職員が担当審判官又は参加審判官となって改めて調査・審理することを相当と認める事件については、その理由を付してその旨を国税不服審判所長に上申する。
旨の制度設計にしたのです。

3.審判所長による事件処理の「介入権」

松沢智先生の「租税争訟法(改訂増補版)(中央経済社)」には、以下の解説があります。

裁決書は、本部審判所長名で出される。
ただ、実際の事件についての処理は、殆んど全国各地の首席審判官に内部委任されている。
法律が本部所長にのみ固有の権限として裁決権を与えて、支部の首席審判官に権限の委任を認めなかったのは、本部所長に法令解釈の統一をはかるという法解釈の整合性に関する責任を負わせるとともに、行政処分として裁決の責任の所在を明らかにしたものと解する。
すなわち、司法裁判所と異なり、支部間の裁決の矛盾を認めず、全体としての全国レベルでの統一性が要請される。
しかも整合性を図るため、全国の支部にかかる事件の裁決書は本部に送付されている。
したがって、本部所長が各支部の首席審判官に内部委任しうる範囲は、右の法の趣旨に則って決すべきである。
すなわち、税法上の解釈が統一されて疑義もなく、これに反する見解を立てる必要も認められないような事案については、裁決権者としては、事前に一々、自らこれを手元に取り上げなくとも、議決の内容を推論し得るから、補助者(これが首席審判官にあたる)を設けて、行政法上のいわゆる専決事項として処理することができる。
しかし、議決内容を推論しえないような複雑重要な事件や、長官通達に反する判断をすることが必要と認められるような事件や、他の先例と認められるような事件については、専決事項として補助者に処理させることは法の趣旨に反する。
しかも、各支部によって法律判断が区々となることは許されない。
そのような事件については、上申事件(本部事件)として事前に本部所長に送付させ、しかして、本部所長は自ら裁決権を行使するか、もしくは支部に判断を示して処理させることになろう。
要するに、意思決定権を授与するとしてもそれは権限の一部についてのみ可能であり、その全部を行使せしめることは、権限を特定の行政庁の権限とした法の趣旨に反するものと思われる。
したがって、具体的事案でも、法令の解釈を統一する必要があると認められるもの、他の先例になると認められるもの、および金額が非常に多額で問題が特に複雑な事案については、本部に上申することが必要となろう。
裁決権の行使を内部委任された者は、その受任中は、議決権の行使が停止される。
したがって、具体的事件につき、合議体の議決前に事件に容喙することは許されないといわねばならない。
なお、裁決権を内部委任したにとどまるから、本来の裁決権者たる本部所長は、裁決権を失うものではない。
したがって、何時でも、事案を支部から取り上げ自ら裁決する「介入権」が認められる。
これも本部事件と称される。

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