【0174】税理士業務のうちの判断業務は消滅しない


1.アクティブラーニングとは

昨今の教育業界のトレンドワードの1つに「アクティブラーニング」があり、私立学校を中心に「積極的に取り組んでいます」というアピールをする学校が増加しています。

定義は複数あるのかもしれませんが、逐語訳的には、
・これまでの受け身の学習ではなく、自ら能動的に解決方法を探る学習
であり、派生して、
・不確実性の高い時代に対応する人材を育成するために、絶対的な正解のない問いに対して、制約された条件下で可能な限り精度の高い回答を生み出す学習
と捉える向きがあるように思います。

これまでの受け身の学習が「処理業務」であるとすれば、自ら能動的に解決方法を探る学習は、それに加えて「判断業務」が加わるものと考えています。

2.処理業務と判断業務

高度にIT化した暁に消滅する業務の1つとして税理士業務が挙げられるという報道が一時多くありましたが、それは、税理士業務が「ある条件を入力すれば、だれが従事しても、唯一絶対の答えが出力される」という「処理業務」を前提とした見解だと思われます。

しかし、例えば、100人の税理士が、同一の被相続人に係る相続税の申告を受嘱したとすれば、100通りの「相続税の課税価格の合計額」と「納付すべき相続税額」が算出されるに違いありません。

それは、税理士業務には「処理業務」のみならず「判断業務」の要素が多分に介入しているからです。

3.税理士業務における判断業務

例えば、被相続人が相続開始時点において保有していた土地について、「著しく利用価値が低下している宅地」の10%の評価減の適用可能性について判断しなければならない場面があるとしましょう。

そのためには、まず、「著しく利用価値が低下している宅地」とはどういう宅地であるのかの規範を理解しなければなりませんが、その規範は至って抽象的なものですので、過去の裁判例や国税不服審判所裁決事例等によって、該当する可能性の高いケースとそうでないケースの峻別がある程度できる必要があります。

次に、本件の評価対象地の特徴を識別しなければなりませんが、実務的には「著しく利用価値が低下している宅地」の該非の判断に当たって必要な情報が、以下の事情によって「網羅的に入手できない」若しくは「網羅的に入手する動機づけが乏しい」というケースが多々あります。

・遠隔地であり、出張する手間・費用との比較考量から、現地調査の必要性に迷う。
・地積測量図等の公簿情報に不足があるが、測量には多額の費用を要する。
・現地調査について評価対象地を管理する親族の了解が得られない。
・相続財産規模が比較的少額で、該非による相続税額に与える影響が僅少である。
・管轄する役所が情報の開示に消極的である。

また、以下の事情が、例えば「当初申告ではなく更正の請求で対応する」といった申告方針に影響を与えることがあり得ます。

・否認された時の税理士に対する責任追及が厳しいことが予期される。
・相続人間が疎遠であり、当初申告後に課税価格(相続税額)が変動する事態は何よりも避けたい。
・納税者が税務調査に過度に怖れ「絶対に調査に来ない堅い申告をしてほしい」という要望がある。

そして、税理士のスタンスについても、以下の事情次第では判断が変わる可能性があります。

・税理士法33条の2に規定する添付書面を積極的に利用しているか否か。
・資産税の審理経験豊富なOB税理士のネットワークが密であるか否か。
・そもそも報酬が低廉で通常の事案のような工数を掛けることができない。

税理士は、これら諸変数による制約の範囲を複合的に検討して、最終的に「著しく利用価値が低下している宅地」の該非を判断しているのであって、これは、無意識ながら「アクティブラーニング」を履践した上で「適用できる・できない」をジャッジする立派な「判断業務」に他なりません。

また、「著しく利用価値が低下している宅地」の該非が課税価格に与える影響は、10%の評価減ができるか否かのみですが、そもそも、10%の評価減をする前の評価額が100人の税理士とも画一的な値を算出していない可能性もあります。

他にも、不動産のみならず、「書画骨董」「庭園設備」「家庭用財産」「貴金属」「中古車」といった、民法上の特定物については、担当する税理士の判断1つで評価額が異なる傾向にあります。

かくして、100人の税理士が思い思いの「相続税の課税価格の合計額」と「納付すべき相続税額」を算出することになります。

4.判断業務が消滅することはない

その各税理士の算出した値が「課税庁によって更正処分されない程度のレンジ」に収まっていることを前提として、そのレンジのできる限り低い水準で着地させられるか否かは、「判断業務」としての税理士の知見・経験に依存しているのです。

昨今は、高度なIT化によっていずれ税理士業務が衰退するという報道等を悲観してか、税理士試験の受験者数が減少するといった影響が顕在化しているようですが、上記で見たような現実的な制約の範囲の中で「判断する」という業務が存在する間は、税理士の現役世代、そして、これから税理士を目指す世代については、少なくとも職業として成り立つでしょうし、「高度・複雑、しかし曖昧」な我が国の税法が存在しているうちは、税理士の「判断業務」が消滅することはないと考えています。

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