【0148】民間出身国税審判官の或る日の日記(その32)

1.平成27年5月11日

5月7日8日を年次休暇の取得としたため9連休となったが、こんなことはトーマツではあり得ないことである。
ただ、これだけ休むと出社が近づくに連れてブルーで仕方がなかった。
7日はあるOB税理士に会いに行ったが、一番話したかった任官満了後の展開の話にはならなかった。
庶務担当審査官から支所旅行の案内が届いていたが、北山村の観光筏下りはお尻以下は濡れてしまうそうなので、着替えが必要のようである。
なんと、総括審判官は咋日支所長を連れて三田ビールエ場→福知山→舞鶴あたりにドライブで行っていたらしくてビックリ。
今事務年度においては、支所長はあまりいろいろ行っていない(前回大阪局に出向していた須磨署副署長当時にはいろいろ行っていた)ということを総括が気にして誘ったようだが、60歳手前のおっさんが同い年のおっさんにエスコートされても嬉しくないのではないだろうか?
先週のうちにトイレの工事があったようだが、トイレットペーパーが溶けずに固まって詰まったようである。
トイレットペーパーというのは水圧で溶けてしまうはずのものだが、官支給のものが粗悪品なのだろう。

(補足)
国税組織全体がそうであるかはわかりませんが、国税不服審判所のGWは単に暦どおりだけではなく、飛び石の平日をぶち抜きで休む方が多く、特に幹部はその傾向がありました。
監査法人当時のGWは超繁忙期で休日出勤が当たり前の環境であったため、その落差に戸惑いました(が2年目からは慣れました)。
当時の神戸支所長は高松国税局からの出向者であり、No.2であった総括審判官が支所長をエスコートしてドライブに行ったというのを聞いて大変驚きました。
確かに、その総括審判官は、三田市在住で、過去に福知山税務署に勤務していたこともあり、地の利はあったのでしょうが、休日返上で上司(といっても同い年)の接待なんて、ドライな監査法人では考えられません・・・。
当時の支所はトイレ詰まりが頻繁に起こっていました。
支所といっても兵庫税務署庁舎の一角なのですが、配管が横に這っているのと、入札により調達したトイレットペーパーが粗悪品ですぐには溶けないものであったことが原因のようです。
これに限らず、例えばコピー用紙もプリンタのメーカーの純正品を使わず入札による調達品を利用するものですから頻繁に紙詰まりを起こしていました。
私が在籍した3年間で目に見えてわかるくらいコピー用紙の材質が劣化していました・・・。

2.請求人面談の準備

久しぶりに出勤してみると、A事件の請求人から主張とも証拠ともつかない「経緯書」なるA4ペラ1枚が届いていたが、今までの把握内容を超えるものではなく、原処分庁には意見書提出不要で発送してもらった。
A事件の請求人面談のシナリオを総括審判官・審査官と協議したところ、パターン1・パターン2の2パターンを想定することにした。
明日総括がお休みなので急いで作り、夕方前に総括確認了となった。
黒野審判所長と民間出身国税審判官との意見交換会、懇親会の日程調整のメールが来たが、もし打診の日になってしまった場合、夕方前からB事件の議決説明会→意見交換会→懇親会→翌朝C事件の当初合議というハードなスケジュールになる。

(補足)
A事件は代理人のいない本人請求事件であり、そういった事案は殆どが「主張」と「証拠」の区別がついていません
主張であれば相手方(原処分庁)に内容共有させて反論の機会を与えなければならず、証拠であればその必要はありません。
今でこそそのような違いを理解していますが、私も国税不服審判所に勤務するまでは全く意識していない税理士でした。

3.旅費入力の不便

14日の支部の研修会講師出張につき、午前休暇の申請をした。
庶務担当審査官から、当日は交通費が出ないと思われるが、それでも旅費入力をしないといけないので、会場やそこまでの徒歩時分などを教えてほしいと言われ、入力してもらえることを良いことにお願いした。
研修講師のための持出許可を早めに出してしまおうと準備していたら、支所長が16時に1時間年次休暇で早退されてしまった・・・明日許可を受けよう。
回覧が溜まっていて、ジュリストなどの雑誌系が10冊ほどあった。
来事務年度から、局の内部事務体制の集約についての案内が来ていたが、「三木署の審査請求対応が加古川署に集約になる」「中京署の確定申告時期の納税相談が右京署に集約になる」といった影響が出るらしい。
ということは集約される署は定員減ということになるのだろう。

(補足)
現在は取扱いが変わっているようですが、当時は「出張(宿泊に限らず自己の所属する庁舎外で執務する場合は全て出張と言っていました)」であれば、交通費が支給されるか否かにかかわらず「旅費入力システム」に(零円で)入力しないといけない取扱いでした。
また、行政文書の持出については、たとえ調査先(又は審査請求人)のものでなかったとしても、必ず上司(私の場合には支所長)による確認と許可を受け、更に持ち帰った後にも持ち帰り許可を受けなければなりませんでした。
当時の支所は総員10名の小規模な所帯でしたが、それでも「ジュリスト」などの法律系雑誌や「税務通信」などの税務系雑誌を購読し、回覧が回ってきました。
「そんなもったいない・・・。そもそも京都・神戸と大阪との距離でわざわざ支所を設置する必要があるのだろうか?」と思いながらも勤務していたものでした。

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